平城京跡の端(現在公園となっている部分の)は、江戸末期にこの地の保存に力を注いだ人物の銅像がたっています。建物が建つことのないようにこの土地を購入・保全したよう。
再建された朱雀門と相対しています。

この左の広場に立っています。
和辻さん(こう呼んでおきます)の本では、そうはいっても大正時代には田んぼだったようです。
さて、まだ日も高く、ホテルに帰るには早すぎる・・・。
そういえば、地図を見たとき、川沿いのサイクリング道路を下っていけば、唐招提寺、薬師寺に出るはず。
唐招提寺、わたしの大好きなお寺。
これはいかなくては!
公園を出て道行く人に尋ねます。奈良の方はほんとうに親切で、
わからないと、申し訳なさそうに「ごめんなさい」なんていう方も。
一人の男性が詳しく、30分足らずで着くでしょうとのこと。
大きな通りを西に行き、秋篠川ぞいを南に下ります。(るるぶの地図には佐保川とありますが、それはホテルのすぐ近くで間違いのようでした。土地の方々も佐保川は逆の方向(ここも桜の名所)と。)
奈良・西ノ京自転車道 のサインが。
川べりで心地よい風。ところどころ桜が咲いており、また人家の庭のお花も見えます。
右に曲がると唐招提寺、の標識が。
わりあい細い道を行くと、すぐそこにもうありました。
金堂を見るだけでも、と思っていました。初めの日にもう来て、中に。

この写真では屋根が妙なかんじになっていますが、
ともかく素晴らしい・・・ため息。
パンフレットによりますと
「ここは奈良市五条町。奈良の郊外といった感じだが、都が奈良にあった1200年前は、平城京右京五条二坊にあたり、いわば首都の中心街区であった。西紀759年(天平宝字3年)天武天皇の皇子新田部親王の旧邸地を賜ってここに唐招提寺が創建された。唐の国から来朝した鑑真和上の招提ーみ仏のもとに修行する人たちの場という意味を寺名として掲げる。・・・」(年号の数字以外は原文のまま)
このお堂の美しさは、どっしりとして、しかも屋根のそりあがった様子が軽やか。他にはみられない優美さをもっています。
和辻さんも絶賛しています。
わたしがアメリカに行くというので、日本のものを見ておくようにと
父親が日帰りで(わたしは愛知県出身です)何度か自動車で連れてきてくれたのです。高校生のとき。奈良はそれ以来。
お堂の内部を拝観。外から細い金網を通してでないと見られません。国宝の仏像が何体も。やはり千手観音が一番印象的か。

日経新聞に「かんのん道をゆく」というシリーズがこのところ掲載されていますが、これによると最近修復されたよう。
和辻さんの時代にも修復中で、(再訪時の前年)実際に写実的な1000本の腕、手の断片が並べられているのは気味が悪いようでもある、と語っています。(岩波文庫 p162~163)
千手観音のうち、多くは1本の腕を25本と数え、40本の手を持ったものも多いとか。唐招提寺のこの観音は953本の手が現存するという。並べるだけで1ヶ月かかったという。(2010年3月14日付け)

記憶にはあまりなかったのですが、この寺には他にもいくつかの建物があり、奥の庭など、どれをとっても特に配置が素晴らしく、あとで写真を見てみると、どう撮っても様になっている感じがします。

舎利殿。

旧開山堂と思います。

奥のお庭。ミツバツツジが咲いています。

鑑真和上の御廟。
午後の遅い時間のせいもあるでしょうが、参拝者も少なく、ゆっくりと見てまわれました。
山門が閉じられ、帰途に。脚が棒になりながらも自転車をこいで帰りの道を急ぎました。疲れも心地良い。空はまだ明るく、あたたかく、
ぼうっとするなかで、自分の脚でたどりついたことにやたらに感動し、
「人生最良の日」のうちの一日と。
どうしてもおしゃべりが長くなります・・・。
よければクリックも^^
https://foreign.blogmura.com/french/ にほんブログ村外国語ブログ
コメント