



さて、メル友ルネさんもここを見てくれて、ルーアンの歴史について書いたのか?との質問。
彼の説明によると、ルーアンは中世、フランスの第2の都市であった。だいたい日本の平安時代、室町時代にあたるかな。
(ちなみに、日本の宮廷文化のほうがずっと洗練されていた。日本に興味のあるフランス人は「源氏物語」の訳を読んでみな驚嘆する)
100年戦争まではイギリス王が多く居住し、フランス語を話した(英語は話せなくて)王も多かった、という。
このような主要都市であったので、ジャンヌ・ダルクの裁判、処刑も行われたのであろう。
もう少し街を見てみよう。まずは大時計。(トップの写真)
(ルネッサンス様式の建物のアーチの上にあり、通りに張り出して建物をつないでいる。中に鐘楼もあり、鐘がなる。時計はフランスでもっとも古いものに数えられ、1389年製造。
次は心地よい流れにそって植えられた花々。
ルーアン大聖堂の聖像たち。大聖堂は大戦の爪痕をいまなお残している。
ドンジョン(Donjon) またはジャンヌ・ダルクの塔 ここで彼女の裁判が行われたという。1431年のことだ。
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